「夢の旅路」 溶ける境界線。

登場人物の生きる現実世界に、そのまま非日常的な想像や白昼夢が流れ込んできたような映像を見せる映画は、予期せず入り込んで目を奪われる程、時間を忘れる程居心地がいい。


景色と、色と、夜の闇が美しい映画「夢の旅路」で、ティム・ロス演じるタクシー運転手は、人生の“何か”を諦め、イラついている。不可思議な3人の老人を仕方なく乗せるが、砂漠で見た光景や人生の教訓話など、どうでもいいと思える話をなかなかやめない老人たちに、主人公はイライラし通しだが、なかば老人たちに振り回されながら、何度も寄り道したり停車しながらの旅の途上で、草むらで昼寝をしたまま老人の1人が息を引きとり、残された2人は、“このまま人生最後の旅を続ける” と言う。主人公が一緒に行くと言うと、返ってきた答えは、“君は君の旅をゆけ”。


その言葉に導かれるように、1人あてもなく車を走らせる主人公は、運命の女と出会い、夢とも現実ともつかない体験を繰り返す。


なかなか受け容れられないまま、その女に懸命に近づこうとする。やがて徐々に距離を縮めながら、とうとう運命の女と旅に出れば、ある時は黒い羽根を“背負った”少年の姿の天使と遭遇する。ある時は息を引きとった仲間のそばにかがむあの時の老人を垣間見る。途中立ち寄った小屋は、すべてが小さく、中に入ればまるで2人は巨人のようだ。女は言う、『3人の老人たちは天使?』と。老人たちや運命の女は、ふしぎな、寓意的な会話をする。


靴に開いた穴、木に開いた穴、掘った穴の中から見上げた光景など、景色を切り取ったような場面が印象深い映像には、ふしぎな浮遊感がある。地面から足が浮くように。


映画の冒頭では、人ひとりいない砂漠に料金所を設け、何十年も車が通るのを待つ男。チューバを演奏すると、踊るように飛び跳ねる犬。そして50年待った末の、最初の車が通る瞬間の料金所とその男を撮影しようとする、ドキュメンタリー作家の3人の男たち。


タクシー運転手である主人公が乗せた老人たちは、若い頃砂漠でドキュメンタリーを撮影した話をし、それは1933年だった、と言う。運命の女との逃避行の涯て、運転手は不意に女と別れ、1人走らせた車が ―この映画が着地する場所は、若き日のあの3人がドキュメンタリーを撮っている真っ最中の、モノクロの世界。


主人公が追いかけてきた、黒い羽根を背負った少年の天使が、大人の男性の声で話す。まるで語り手のように。


どこまでも続くこがね色の草の道や、毛糸を紡ぐ姿、カーテン越しの窓、夜の闇。目に沁みるような色が美しく、主演ティム・ロスの表情も印象に残った。髭がよく似合っている。







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