映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「ククーシュカ/ラップランドの妖精」

KUKUSHKA
2002ロシア
監督:アレクサンドル・ロゴシュキン
出演:アンニ=クリスティーナ・ユーソ
    ヴィッレ・ハーパサロ
    ヴィクトル・ブィチコフ



ロシアとの国境にほど近い、フィンランド北部ラップランドに住む民族であるサーミ人の女性、逃亡途中のフィンランド兵、爆撃によってケガをしたところをそのサーミ人女性に助けられたソ連兵。


この3人を描くロシア映画が「ククーシュカ/ラップランドの妖精」だ。


戦争中の時代設定でありながら、“戦争映画”という色合いは薄く、3人の関係と会話が中心となっている。この会話がなかなかに面白い。なんせ、どうにもかみ合わないのだ。


サーミ語とフィンランド語とロシア語。母国語しか離せない3人はそれぞれが自分の言語で話し、相手の言うことには思い込みと誤解で返し、それでもおかまいなし。
互いの言葉が解らず勘で話を進める3人のいまいちちぐはぐな会話が、見ている方は日本語字幕ですべて解ってしまうのも妙な感じだが、それはそれ。いかなる誤解が生まれ、その誤解の中でいかにコミュニケートしてゆくかの全体像を見渡す別の視点、ということだ。


思い込みと誤解の上に成り立つコミュニケーションとは、本人がよければそれで問題ないということなのか、それともコミュニケーションとはそもそもそういうもの、ということなのか。あるいは、“それでもコミュニケーションはとれる”という言い方もできるのかも知れない。


言葉が完全には通じなくとも、人種・民族は違っても、互いが互いへの警戒心を解いて近づこうとすればどうにかしてコミュニケートできる、“それは可能である”と。


フィンランド兵は、『もう戦争にはうんざりしてる、だから戦うのをやめる』と言う。


寓話であり、コメディであり、それに加えてこの作品に込められているものは、決して押しつけがましくなく、荒涼としながらも巣穴にいるような安心感をもたらすラップランドの自然の中に溶けこんでいる。







06.6.27