映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「ミッドナイトムービー」 真夜中に始まる儀式

〈ドキュメンタリー〉
MIDNIGHT MOVIES FROM THE MARGIN TO THE MAINSTREAM
2005カナダ=アメリカ
監督・製作:スチュアート・サミュエルズ
出演:アレハンドロ・ホドロフスキー
    ジョン・ウォーターズ
    デヴィッド・リンチ



70年代アメリカ。小規模で大衆受けの見込めない、個性際立つ映画を深夜に上映し、思わぬ反響を呼んだことから“ミッドナイトムービー”というひとつのジャンル成立に至った経緯とその作品を語るドキュメンタリー。


深夜に上映すること自体がブランドだったというミッドナイトムービー誕生のきっかけとなった伝説的作品「エル・トポ」をはじめ、ゾンビものの先駆け「ナイト・オン・ザ・リビング・デッド」、強烈としか言いようのない「ピンク・フラミンゴ」、ジャマイカ映画「ハーダー・ゼイ・カム」、ホラーミュージカル「ロッキー・ホラー・ショー」、そして最後は「イレイザー・ヘッド」。この6本を中心に語られる。


それぞれの作品の監督その人や上映した劇場の支配人、映画会社の関係者などのインタビューがこのドキュメンタリー全体を占めるが、それがとにかく興味深く面白い。


たった1行の宣伝告知で深夜密かに上映されていた作品の評判が口コミで広がり、有名誌に映画評が載ったりひとつの作品で10年も深夜上映が続くまでになってゆく様子や、若者を中心に熱狂をもってむかえられる様。そんな当時を実際に知る人や監督自身の語り口は、実に臨場感があって、間断なく続く“証言”から意識がそれることがない。日本の映画館ではなかなか味わうことのできない熱狂ぶりを語る画面に、時間を忘れて飽かずひきつけられる。


「エル・トポ」のなんと特異なことか。数々の証言に織りまぜて映し出されるミッドナイトムービーと呼ばれた作品の映像、その一端に触れるだけで、いかに過激で強烈な個性を放つ作品だったかを におわせる。


ミッドナイトムービーの原点となった70年代の劇場では、観客がマリファナを吸いながら真夜中の上映独特の熱にうかされたというが、評判が評判を呼んで大劇場で昼3回の拡大上映になったとたん、真夜中の上映の魔力が失われ、見事に惨敗、3日で打ち切りになったという。


そんなふうに、一気に熱がさめるのもよくわかる。


なんせ真夜中の上映は特別だ。70年代アメリカのミッドナイトムービーのような異様な盛り上がりこそないものの、オールナイト上映を夜の映画館に実際に見に行くと、やはり昼にはない雰囲気がたちこめる。


ふだん いるはずのない時間帯に映画館にいるというだけでワクワクする。そして夜中にひっそり上映される映画を、すいた場内でじっくり見るのがむしょうに楽しく、特別な感覚を伴う。


オールナイトで3本立て、4本立てというのを何度か見に行ったことがあるが、朝方帰途につくと、なんだか急に眠りから覚醒に引き戻されたような感覚を覚えるのは、〈真夜中〉の効力が切れた証しだ。


ミッドナイトムービーは、そう呼ばれた作品がすでに持っていた妖しさと魅力、そして何人かの監督らがこのドキュメンタリーで使った言葉で言うならば まさに“儀式”のような特殊性を、真夜中の上映によって最大限に発揮したのだろう。


だから、真夜中の上映でなくなると、とたんに観客の熱がさめてしまう。


イレイザー・ヘッド」について語る監督デヴィッド・リンチは “重工業が好きだ” と言っていた。その言葉とともに映るモノクロの工業地帯の工場群、あの映像にひかれる。


どこかで真夜中に上映してくれないものか、「イレイザー・ヘッド」、「エル・トポ」…〈夜〉と〈映画〉の混合は実に魅力的である。


ミッドナイトムービー隆盛の頃には様々な作品が真夜中に上映され、中には麻薬撲滅のために作られた1930年代の映画と、「バンビ ミーツ ゴジラ」なる短編アニメーションを同時上映したこともあった、という話。その話題の際に映し出された、バンビがゴジラに踏みつぶされる衝撃映像に、ちょっと笑ってしまった。ディズニーに怒られたりしなかったのか、その短編。






06.9.1