映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「帰らない日々」 もとには、戻らない。

RESERVATION ROAD
2007 アメリカ
監督:テリー・ジョージ
脚本:ジョン・バーナム・シュワルツ
    テリー・ジョージ
出演:ホアキン・フェニックス
    マーク・ラファロ
    ジェニファー・コネリー



ホテル・ルワンダ」で注目されたテリー・ジョージの監督作、「帰らない日々」。


最愛の息子ジョシュを轢き逃げ事故で失い、崩壊寸前の残された家族。父親のイーサンは、怒りと悲しみに満ちて犯人調査と復讐に躍起になり、母親グレースは、たとえ悲しくても生き残った娘の世話のためには生活を立て直さなければならないと耐え、『では 犯人が今ものうのうと生きて のさばっていることに怒りを感じないのか』 『犯人が捕まっても息子は帰ってこない』 と衝突する。


そして、捜査は遅々として進まず、警察のなまくら返答に業を煮やしたイーサンが調査を依頼した弁護士ドワイトが、あの日、息子を轢いた張本人だった。


ほんの些細な一言や選択から、思いもよらぬ方向へと人生が転がる。あの時、あんなことを言わなければ、あの時、あんな行動をとらなければ。しかしその瞬間、本当に本当に小さな、生活の中のほんの些細な選択をする一瞬、それがのちの皮肉で過酷な運命につながることなど、その時まで誰にもわからない。


少年を轢いてしまったドワイトも、故意の犯罪ではないゆえ思い悩む。この映画では、期せずして加害者となった者の心理も描かれる。悪意があって自ら手を染めた犯罪ではないだけに、この映画を見る誰もが同じ立場になり得る、と思わせ、観客は、単なる悪玉としては このドワイトを見られないし、また、そうも描かれていない。


見る人の立場や考え方の違いによって、共感する人物も違い、また、どの人物のことも理解できる、と思うこともあるだろう。見ている間、気がつくと、いちばん考え方の近いイーサンに肩入れして見ていた(考えが近いからと言って同じ行動をとるという意味ではないが)。


イーサン役にホアキン・フェニックス、グレース役にジェニファー・コネリーと、うまいだけに、苦悩の表情や苦しみ方も真に迫る。こらえきれず大声をあげることもあれば、犯人を知った瞬間『気分が悪い』とひとこと言ったきり言葉を失い、衝撃のあまり歩くだけで精一杯、という状態になったり。人はいつもいつも一様の感情の動きをするわけではないということも、細やかに描かれている。


舞台はコネティカット州の小さな街。映画の冒頭の晩夏から秋、そして冬へとすすんでゆく寂しげな景色が、登場人物たちの心を語るようだ。


とうとう復讐を実行しようとするイーサンが、思い余って銃を持ち出すものの、ドワイトの息子ルーカス―死んだ息子の同級生だ―は脅かさないようにしたり、本当は銃を持つことも怖かったりと、復讐したいと思っても実際に人を殺すことなどできない人物として描かれているところに、この映画の〈復讐〉というものに対する考え、どのような立場をとるのかということが垣間見える。近年の作品でなら、たとえば「イン・ザ・ベッドルーム」の、息子を殺された事実を受け入れて これまでのように生きていこうとするものの、耐え切れずに最後には復讐を実行してしまう登場人物の描き方などと比べても、非常に興味深い。


ドワイトが、『事故の時のあの子の姿を思い出さない日はない、死にたい』と感情を吐露した途端、立ち去るイーサン。勇気ある行動とも言えるが、怒りと絶望に瀕した人間の感情ということを考えるなら、死にたいと言う犯人を、死なさずに生かして楽にさせない、生かして苦しませる―それが、手をくだすこともできない自分にできる精一杯の復讐、という心理ではないかとも思える。そうすることしかできない、どうしようもない、と。この映画に対する見方としては、うがったものだと思うが。

今回知ったが、監督テリー・ジョージは、北アイルランドの出身で、かつて「父の祈りを」の脚本も手掛けたということだ。本当はまったく関係のない青年が、IRAの爆破テロ犯として誤認逮捕のあげく自白強要され、絶望の淵をさまようも、父の信頼を受けて無実を証明するため闘う、実話がもとになっているという作品だ。ダニエル・デイ=ルイスら出演者の素晴しい演技もあいまってとても見応えのある作品だが、“北アイルランド出身”というテリー・ジョージだからこそ、きっと他人事のようには捉えなかった、自分に近いものとして、自らに引き寄せて考え、書いたのではないだろうかと思える。だからあんな作品ができたのではないだろうか、と。


この「帰らない日々」で、人物の心理描写に加えてもうひとつリアルなのが、警察の描き方だ。イーサンの代理人となったドワイトに、『彼に せっつかれなければ本当は後回しにしたい事件だ』 と、早期の捜査を促すイーサンのことを、警官がボヤく姿が描かれる。人が死んだ事件であるにもかかわらず、こんな言葉を平気で吐く姿が描かれる警察。リアリティを求めて描いたらこうなったわけで、どこの国でも警察とはこういうものか、と、ある意味背筋が冷たくなるほどにリアルなシーンだ。


ラスト。ドワイトが『罪をつぐなうため刑務所へ行く。最後の日々を忘れないでほしい』と語りかけるビデオカメラを見つめる息子の後ろ姿が痛切だ。





08.9.3