[アメリカ映画]「アクロス・ザ・ユニバース」 ビートルズ、ビートルズ、ビートルズ!

〈ミュージカル〉
ACROSS THE UNIVERSE
2007 アメリカ
監督:ジュリー・テイモア
出演:ジム・スタージェス
    エヴァン・レイチェル・ウッド  ほか



歌の渦、音楽の渦、ビートルズの音楽の渦。素晴しかった。


全編がビートルズの音楽で埋め尽くされたミュージカル。歌詞が台詞になり、登場人物はジュード(リバプール出身!)、ルーシー、セディなどビートルズの歌詞に出てくる名前を持つ。様々に変容するイメージの世界。映画1本、ずっとビートルズに浸りきることが心地いい。


時代は、ベトナム戦争まっただ中の60年代。ヒッピー文化、デモ行進、キング牧師の暗殺… ビートルズをテーマにしたなら、ある種必然的に選ばれた舞台とも言えるか。


もともと舞台演出家のジュリー・テイモア監督作なだけあって、ミュージカルシーンなど、特に演劇的。


以前の監督作、「タイタス」は好きになれなかった。シェイクスピア作品の中でも、別人の作という説があるほど異色の残酷物語だが、現代風解釈に馴染めなかった。ただ、印象的だったものがあり、それはタイタスの娘が、君主の横暴な息子に両手を切り落とされ、手のかわりに木の枝を手首に差されるという、凄まじい姿だ。


ストーリー上は極めて壮絶なシーンである。ただ、ストーリーから離れ、その姿そのものだけを見ると、樹と一体化した、妖精か精霊のような奇妙な美しさも感じられたのだが、そのおぞましさと美しさが同時に感じられるような不思議な感覚は、この「アクロス・ザ・ユニバース」のミュージカルシーンのいくつかにも、通じる感覚であると思える。


たとえば、ルーシーの兄マックスの徴兵検査のミュージカルシーンでの、不思議な迫力やシュールさ、デモ行進やドクター・ロバートのバスを降りた先で現れる、巨大なハリボテや仮面の人々の異様さ、テントからあふれだす奇妙なサーカスのイメージ… 禍々しくて不気味、美しく、恍惚感すら漂う。


絵描き志望のジュードの 『Strawberry Fields Forever』 のイメージのシーンも美しく、悲しい。赤い苺に血のイメージが重なり、ベトナムの戦場が重なり…


そして、この映画の登場人物たちは、すべての人物がそれぞれに輝いている。


ジュードの再度の旅立ちに重なる 『Hey Jude』 は、いっしょに歌いたくなるほど絶妙なタイミング。映画にビートルズの音楽が使われたものとして思い浮かぶのは、近年では「アイ・アム・サム」の様々なミュージシャンによるビートルズ、「ムーラン・ルージュ」でユアン・マクレガーが歌った 『All You Need Is Love』 も素敵だった、そしてこの映画、「アクロス・ザ・ユニバース」で、彼らの声で歌われる 『All You Need Is Love』 の、なんと素晴しいことだろう。


吹替えなしで俳優本人が歌っているという本作。初夏には「ラスベガスをぶっつぶせ」も公開されていたジュード役ジム・スタージェスの、甘い声がとてもいい。沁みいるような優しい声だ。ギタリストの歌声もいい。そして、ルーシー役エヴァン・レイチェル・ウッドは、20歳そこそこでありながら端整な美しさだが、歌声は、ただ線の細いお嬢さん風というのではなく、芯のある、耳に心地いい声。


ラストシーンは、ルーシーの笑顔から 『Lucy in the Sky with Diamonds』 が流れるエンドロールへと移行する気持ちよさ。


ちなみに、さりげなく特別出演が ― 病院のミュージカルシーンでナースに扮したのは、同監督作「フリーダ」に主演したサルマ・ハエック。そして、奇妙なドクター・ロバートに扮していたのは、なんとU2のボノ。サングラスはかけているものの、いつものものと形が違うので顔を見ただけでは気づかなかったが、その歌声でボノだと判る。ボノが歌うビートルズ、これも見所(聴き所)。このシーンのサイケデリックな混沌がまた気持ちいい。


それにしても、様々なものに影響を与え、いろんなものに変身し、融合し、昇華され、形を変えながらも、確固たる存在としてあるビートルズの音楽というものは、本当に素晴しい。


見てよかった、と思える、作ってくれてよかった、と思える映画だ。ビートルズにもこの映画にも、惜しみない拍手を送りたい。






08.9.4