「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

THE CURIOUS CASE OF BENJAMIN BUTTON
2008 アメリカ
監督:デヴィッド・フィンチャー
出演:ブラッド・ピット
    ケイト・ブランシェット ほか



第81回アカデミー賞、最多13部門にノミネートされた「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」。老人の特徴を持った肉体で生まれ、成長するごとにその肉体がどんどん若返っていくという、まさに数奇な星のもとに生まれた主人公ベンジャミン・バトンを、今回主演男優賞にノミネートされたブラッド・ピットが演じている。


ボタンで埋め尽くして表現されたワーナーのロゴから、とてもワクワクする。冒頭。今まさに死の床にいる老婦人が、娘に、声に出して日記を読んでくれと言う。ベンジャミン・バトンが長年書き綴った日記だ。そんな導入。そして語られる、数奇な人生。


美しい映像で語られるベンジャミン・バトンの人生は、とても奥深いものだ。いくつもの死や別れ、戦争にも接し、生きることそのもので人生を学んでゆく。幼友達のデイジーと、遠のいたり交差したりの道行き。デイジーは年を経るにつれて老いてゆく。しかしベンジャミンはどんどん若返る。誰もが避けては通れない老いや死が忍び寄るのを感じる時、特異な状況にあるこの2人もまた、その苦悩は深い。


生身の人間の肉体が、生まれつき、理由も解らぬまま若返ってゆくという、奇想天外な設定ながら、そのことよりもむしろ、語られる主人公の人生の、起伏に富んだ豊かさ、味わい深さのほうが見る者を惹きつけ、風変わりな設定であることを忘れさせる。主人公の人生を語り、その豊かさで観客を惹きつけた作品といえば「フォレスト・ガンプ 一期一会」などが思い浮かぶが、この作品もまた、その系統に連なる名作と言えるだろう。3時間近い長さを意識することもなく、飽かず惹きつけられるのだ、ベンジャミン・バトンの人生に。


映像の美しさも特筆すべき点だ。1920年代頃から現代までのアメリカ。落ち着いた、優しい色味が美しい。湖で夜明けを迎える時の空、夜の虫の音。主人公を取り巻く登場人物も魅力的だ。愛情あふれる育ての母、ベンジャミンに多くを教えたマイク船長、ロシアで知り合った女性、何度も雷に打たれたことのある老人… そして、ベンジャミンにとってもっとも大きな存在、デイジー。


そのデイジーを演じるのは、ケイト・ブランシェット。どの映画でも、いつ見ても素敵で、素晴しい演技だが、この作品での美しさといったら。本当にもう、惚れ惚れするほどの美しさだ。1人の女性のいろんな年代を演じているが、どれも本当に美しい、見惚れるほどに。ダンスのシーンの美しさなど、溜め息が出るほどだ。まさに、目が離せなくなるほどの美しさと輝きを放っている。


そして、老人となったデイジーを、実際には30代のケイトが演じる、その演技。声の出し方など、どんなに優れた特殊メイクでも補うことのできない、俳優自身にしかどうにもできない部分のその巧さ。若い俳優が老人を演じるのを見たことは今までにもあるが、それにしてもこれほどのものは初めてだ。


ある時、ある理由で、様々な地を訪れたベンジャミンの、インドなど、彼の地から書き送った葉書の言葉が、そこで生活するベンジャミンの様子に重なるシーンでは胸打たれる。まさに、その言葉に。


「ゾディアック」以来のデヴィッド・フィンチャー作品だが、今までのものとはまったく毛色の違うものだ。よくぞこんなに、と、そこもまた興味深いところ。いろんな登場人物たちの顔をもう一度見られるラストもまた、美しい。


見たのはアカデミー賞授賞式の前日である。23日(日本時間)になれば、受賞結果が発表される。


この映画を見て、その素晴しさを味わったあとは、作品がアカデミー賞をとるかどうかは、もはやどっちでもいいという気分になった(そりゃあ、作った人たちには重要なことだろうが)。この映画の素晴しさは、賞で測らなくともわかると思うからだ。賞をとってもとらなくても、この映画の美しさは変わらない。






09.2.22