映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「アバター」 3Dの意味とは。

AVATAR
2009 アメリカ
監督:ジェームズ・キャメロン
出演:サム・ワーシントン
    ゾーイ・サルダナ
    シガニー・ウィーバー



昨年12月に公開され、年が明けて1月も終わるころには、早々に、世界の映画興行収入歴代1位を記録した「アバター」。「タイタニック」により自身の持つ記録を、自作で塗り替えた監督ジェームズ・キャメロンは、興行収入歴代1位、2位の作品の監督となった。


ここ最近、公開されることの増えた3D作品は、どれも見に行っていない。「アバター」も最初のうちは、それこそ、内容よりも技術先行の作品という印象が強く、見に行く気はそれほどなかった。ゴールデン・グローブ賞の作品賞受賞あたりでちょっと気になり、3Dを見てみるのもいいか、と、ようやく見に行った次第だ。


で、3D。もともとふだん眼鏡をかけていないせいで、上映中急にあの3D眼鏡をかけると、やけに気になるというのもあるが、しかし、それで気が散るからというだけでもなく、なんというか、3D映像に、それほど魅力を感じられなかった、というのが、正直な感想だ。


たしかに、通常より立体的といえば、立体的だ。それは手前にある物や通り過ぎる人物などの描写に特によく表れており、そういうシーンが必要以上に出てくる。しかしそれでも、そんな映像を見て驚く、という訳でもない。すごい技術なんだろう”とは、たしかに思う。でも、そう思う、というだけだ。作品の問題か、映写の問題か、映画館の問題か、はたまた見ている自分の問題なのか。


美しい映像であったとは思う。しかしそれは、3Dであることでなく、おもに色彩や造形に対して思ったことだ。この作品が どうしても3Dでなければならないかというと、特にそうとは感じない。技術よりも、語る内容や演技のほうが重要、とするのは古くさいのかどうなのか、しかしそう思って映画を見ている者には、よほど3Dである必然性がないかぎり、これまでと同じ映画であってはいけない、という理由がない。


シガニー・ウィーバーミシェル・ロドリゲスジョヴァンニ・リビシらが脇を固めていた本作。警官や軍人役がもはや定番かというミシェル・ロドリゲスはここでも軍人役で、シガニー・ウィーバーは、宇宙船やら何やらの中にいると、もはやリプリーにしか見えない。


ところで、映画のラストにタイトルが出る本作だが。タイトル画面に入るのが基本の映倫マーク、あれがほかの作品の時よりも、やたらデカデカと入っていたのは気のせいか(たぶん気のせいじゃないと思うが)。あれだけ中央だと、いくらなんでもタイトルの邪魔をしすぎではないだろうか。






10.3.3