映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「ハート・ロッカー」

THE HURT LOCKER
2008 アメリカ
監督:キャスリン・ビグロー
出演:ジェレミー・レナー
    アンソニー・マッキー ほか



イラク。米軍の爆弾処理班の兵士が、緊張感を漂わせながらも、しかし、何度も経験した現場、手慣れた様子で爆弾を処理している。ふと、一人の兵士が、不審な男に目を留める。手に持っているのは携帯電話―遠隔操作する気だ、男を撃てと言われるが遠くて撃てない。回避できる範囲までまだ離れていない軍曹が危ない。叫び、皆が走り、爆発― そんなシーンから、この「ハート・ロッカー」は始まる。


爆弾処理のシーンが戦争映画に出てくることはあるが、それ自体がストーリーの中心となる作品は比較的珍しいように思う。やっとひとつ処理したと思ったらコードでいくつも連なっていたり、本人の意思に反して体に爆弾を巻きつけられた人物から助けを請われたり、挙句、内臓に爆弾を埋め込まれた “人間爆弾” まで、壮絶なシーンが展開する。処理の手元を映すその角度に目が離せなくなり、防爆スーツを着て、爆弾にひとり近づいてゆく兵士を映す画面に、緊張が走る。直接的な戦闘はほとんど描かれない。しかし、そこには常に死がある。


ブラボー中隊任務明けまで38日、37日、23日、―あと2日。 そんなふうに、日数が刻まれる。


命知らずとしか言えない行動を取る、後任の班長であるジェームズ。死を身近に感じる余りの自暴自棄とも、少し違う。映画の冒頭映し出される、“戦争は麻薬だ”という言葉そのままに、その渦中にあればある程、高揚感が恐怖感に勝るのか… ある種の “戦争中毒” とも言えるか。だからと言って、たとえば、「地獄の黙示録」のキルゴア中佐とは、まったく訳が違うのだが(ジェームズのような人物だけでなく、仲間の死を眼前で体験し、取り乱す兵士の姿なども描かれる)。


言いようのない恐怖と不安に晒される現場のはずだ。たった一瞬の出来事ですべてが変わる。つねに綱渡り、首の皮一枚で繋がっているような命。それでも、日常的に死を目の当たりにし、そこに自らの命も晒すということは、人間を蝕むだけでなく、平常心ではいられないが故の、得体の知れない高揚感までをも与えるものなのか―少なくとも、この映画の中のジェームズはそう描かれている、と感じる。この戦場で、苦しみ抜いているにも関わらず、だ。戦争とは、人を殺すだけに飽き足りない。生き残った人間をも変えてしまう。


ジェームズは、ここでの任務を終えてなお、新たな任地に赴く。まるで、死と背中合せの戦場でしか生きられないとでも言うように。また苦しまなければならないことは、わかりきっていてもだ。デルタ中隊任務明けまで365日。戦争は終わらない。






10.3.6