映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「ノー・ワン・リヴズ」 背景がない

NO ONE LIVES

2012 アメリカ

監督:北村龍平

出演:ルーク・エヴァンス

    アデレイド・クレメンス

    リー・ターゲセン

 

北村龍平が向こうで監督した作品ということで、見に行ってみた(アメリカで撮ったのは2作目とのこと)。過去の北村作品を見たことはない。

 

仕事に失敗して焦った強盗一味が、男女ふたりを襲うと、襲われたその男は、じつは常軌を逸した殺人鬼で、女性は、拉致され逆らえずに、その男と行動をともにしていたのだった。強盗に囚われたその女性が死を選ぶと、男は怒り、報復として強盗一味を殺し始める。しかも男の車のトランクには、さらに別の女性が監禁されていた。

 

という感じのストーリーで、ルーク・エヴァンスがその殺人鬼を演じているわけだが。

 

なんというか、その男がよくわからないのである。つまり、人物像の描き方の問題だ。拉致した女性に対して執着を持っているらしき描写はあるが、殺人鬼となるに至った背景がわからない。 

 

いや、別になにも、必ずしもそういう背景を描かなければいけないわけではない。背景を一切見せないなら、それはそれで、正体不明の不気味な存在として際立たせることができる。が、それとて、そういう不気味さや猟奇性を持った人物像でもって描かれていてこそ、効果のあるやり方である。しかしこの映画の場合、ルーク・エヴァンス演じる男そのものからは、猟奇性といったものが感じられない。にも関わらず、行動だけが無駄に猟奇的なため、本人と行動がかけ離れて見え、それによってどこか不自然な人物像であると感じられて、“その人物の背景をわざと描かずに不気味さを際立たせている” というよりは、ただ単に “人物を描けていない” という風に見えてしまう。

 

とにかく、やることが無駄にホラーだ。強盗一味のアジトへ入り込むために、自分が殺した男の死体の中身を抜いてその死体の中に入り、運びこまれるよう仕向けるとか、いくらなんでも奇をてらいすぎであろう。なにもそこまでしなくても、車の下に潜んでおいて一緒に入り込むとかのほうが明らかに手っ取り早いし、状況的に自然ではないか。ほかにも、何かしらを粉砕する機械の中に人を入れて殺害するとか、風呂場で殺害した死体を十字架状に吊るすとか。だいたい、十字架状に吊るすのはもうレクター博士がやっているし、風呂場だとレクター博士のよりだいぶ小規模だ。

 

そういう、手間ひまかけた方法で殺す殺人鬼が、そのわりに人物として猟奇性を感じさせないから、どこか不自然なのである。 しかも、“この男に関わったら終わりだ、絶対に逃げられない、必ず殺される” と(監禁されていた女性が)さんざん煽り、男も手の込んだことをするわりに、たいてい一発で仕留めきれていないところも、なんだか微妙である。

 

 

2013/5/28