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映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「スプリング・ブレイカーズ」 もしかして見掛け倒し

Spring Breakers

2012 アメリカ

監督・脚本:ハーモニー・コリン

出演:セレーナ・ゴメス

    ヴァネッサ・ハジェンズ

    アシュレイ・ベンソン

    レイチェル・コリン

    ジェームズ・フランコ

 

ハーモニー・コリン監督作品を見るのは初めてで、作風のイメージなども持ち合わせていないが、それにしても、感覚の違いなのかなんなのか。

 

あまりにも、共感も感情移入もできないのだ。

 

とは言え なにも、映画を見る際、必ずしも、共感あるいは感情移入をしなければならない、というわけではない。まったくしなくても構わないのだ。映画の見方など、何通りあってもいいのだから。

 

共感できなかった理由というのも、“春休みに遊ぶお金がないからダイナーでアルバイトしよう”、とならずに “春休みに遊ぶお金がないからダイナーで強盗しよう” と発想する女子大学生が描かれているから、とか、そういうことでもなく。たしかに、もし実際にこんな女学生がいたらちょっとどうかと思うが、そんなことは関係ない、なぜなら、これはあくまでも映画だ。これまで、本当に素晴らしいと思う映画にも、強盗や、突飛な行動を取る人物というのはたくさん出てきているわけで、なにも、社会の規範をはずれた人物像が描かれているから即ダメだ、共感できない、ということではない。そんなことを言っているのではない。

 

つまるところ、とにかくもう “この映画が持っている感覚”(作り手が持っている感覚、と言い換えることも出来る) と自分の持っている感覚とが、違いすぎるということだ。それも、描かれている人物が取っている行動の良し悪しについて、などという意味ではない。なにを美しいと思うか、とか、そういう感覚を指す。色とりどりの水着姿やどぎついシーンや過激なシーンがあっても、ほぼ何の感慨も感じなかったとすら言える。

 

そういう役柄がこれまでほとんどなかったジェームズ・フランコが、珍しくチンピラを演じていて、それがとてもそれらしく見えて、こういう演技もするのか、と、ほかの映画での演技との違いが新鮮に感じられた、というのはある。そうやって、ジェームズ・フランコの演技のバリエーションで楽しむくらいしか、自分としては、楽しめる点がなかったのであるが。

 

破滅的で刹那的、だったら必ずいい映画に仕上がる、とも限らないわけだ。

 

ラストも、車で走り去るシーンで終わるなら、いっそのこと「テルマ&ルイーズ」(1991)的オチへ持っていくぐらいのほうがよかったのではないか、という気がした。好みの問題であろうが(ただ、描かれている人物像はそういうタイプではないように思うので、このラストのほうが人物像に合っている、ということになるかもしれないが)。

 

本国で、将来カルト映画になるかもしれない、と評した評論家がいたとかで(そういうのをチラッと読んだ)、ある意味それはあり得ると思うが、たとえそういう風に扱われたとしても、それはこの作品の “外観” や、映像からくるイメージゆえのことで、それ以上のものではない、と感じている。

 

 

2013/6/19