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映画日記/記録

“Oh Captain, my Captain!” - 「いまを生きる」( Dead Poets Society / 1989 アメリカ / 監督:ピーター・ウィアー )

「ゼロ・ダーク・サーティ」

Zero Dark Thirty

2012 アメリカ

監督:キャスリン・ビグロー

出演:ジェシカ・チャステイン

   ジェイソン・クラーク

   ジェニファー・イーリー

   マーク・ストロング

   エドガー・ラミレス

   スティーブン・ディレイン

   ジェームズ・ギャンドルフィー

 

2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロの首謀者とされ、2011年5月2日、米軍によって殺害されたビンラディン(※カタカナ表記が定まっておらず、数種の表記があるので、ここでは、上映時の日本語字幕及び映画公式サイトで使われている“ビンラディン”の表記を使う)の、その隠れ家をつきとめた中心人物であった、CIAの女性分析官を主人公とした映画である。監督は、「ハート・ロッカー」で第82回アカデミー賞監督賞を受賞したキャスリン・ビグロー。タイトルの「ゼロ・ダーク・サーティ」とは、午前0時30分を指す軍事用語であるとのこと。ビンラディンは、作戦中、ジェロニモという暗号名で呼ばれた。

 

一昨年、あのニュースを聞いた時のことを思い出す。米軍がビンラディン殺害。生け捕りにして裁判にかけるでもなく、殺害? と、確かあの時、思ったのではなかったか。そして、殺害されたのは本人なのだろうか?、と。

 

俄かには信じられなかったのだ。いくら報道でそのことを聞いても、本当に本物だろうか? と思っていた。もちろん、DNA鑑定等もしているだろう。それでも、思い返せばいまだに信じられないような気もしてくる。

 

なぜ信じられないのかといえば、結局、実態を何も知らないからだ。同時多発テロのニュースは、当時、多くの報道番組で見聞きした。ビンラディンに関することも、その際に何度も見聞きしている。それだけだ。表層を見聞きしているだけだ。“知っている” などとは言えない。だから、実態のわからない存在を殺したと言われても、やっと首謀者が、などとは思えず、本物か? という疑問のほうが大きかった。

 

劇中では、パキスタンの都市アボッターバードで、内部の様子を外から窺うことのできないよう、周到な工夫を施した要塞のような邸宅が発見され、それがビンラディンの隠れ家であると確信した主人公マヤが、上層部との会議の際に、“ビンラディンの隠れ家である確率は100%” 、と言うシーンがある。国防長官がほかを聞くと、出てくるのは、“それがビンラディンである確率は60%、アルカーイダのほかの大物である確率が20%、それ以外である確率が20%”、などという意見がおもである。

 

100%と言い切るマヤの意見(劇中では、言い切るとみんながびびるから95%、などと言い添えてもいたが)は危険なようにも思えるが、しかし、作戦は実際に決行される。そして、ふと思った。劇中での描き方でもそうであったが、実際でも、想像するに、殺す際にはその場でいきなりだったはずである、当然ながら。遺体のDNA鑑定をして本人確認をしたという話なので、殺す時にDNAまで調べているわけじゃない。もしビンラディン以外の人物の隠れ家で、殺害したのも本人でなかった場合、それでも、作戦は完全な失敗ということにはならず、“大物テロリストをひとり始末できた” という扱いに、アメリカ的にはなるのだろうか、この場合。

 

ラストシーンで、輸送機の中、マヤはひとり黙って涙を流すが、たとえ標的を殺そうとも、失われたものはもう戻ってこないという虚無感の涙なのか。それとも、何年もかけて追い続けた標的を、眼前の目的を失ったことへの虚無感の表れなのか。

 

 

2013/2/18