「ラスト、コーション」

色・戒 / LUST,CAUTION
2007 アメリカ=中国=台湾=香港
監督:アン・リー
出演:トニー・レオン
    タン・ウェイ



昨年のベネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「ラスト、コーション」。


1940年代、日本占領下の上海。抗日運動家の女スパイと、“日本軍の犬”と言われる特務機関の男。この男のぞっとするほどの冷酷さは、トニー・レオンの目や仕草、その熟練の演技で醸しだす、言いようのない残酷な匂いで終始示されている。その最たるものが―


スパイとわかれば、あれだけ関係を深めた女でも、殺せと命じる。ほかの逮捕者といっしょに、採石場で殺せと。どうなるかはわかっているから、映像は、銃殺になる直前までしか彼らを映さない。彼らの目の前の断崖絶壁、彼らの末路を呑みこもうと広がる奈落の底の真っ暗闇。気持ちが残って、ついには殺せなかった、などということには決してならない。まさに、腹の底まで冷酷な男なのだ。女を直接尋問しなかった、あるいはできなかったことだけが、せめてもの、女への感情の残骸を見せる。


氷のような冷徹さなのかと思ったら、激情の姿をも見せ、なぜ、思う女に対してまでこれほどに暴力的な一面を見せるのかと思ったが、スパイや抗日運動家を捕らえ、日々尋問や拷問、果てはその死を見ているからだと、ふと気づいた。


男がこの女に執着したのは、生きるための行為として、であろうと思える。3年ぶりに再会したとき、長い間誰も信じてこなかったがお前のことだけは信じている、と言う。慎重で、女のことを“スパイではないか”と疑いつつ会っているようにも見えたが、結局は溺れる。快楽など本当は微塵もなく、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際。日々命の危険を感じ、首の皮一枚で繋ぎとめてようやく生きているようで不安だから、生きるための行為としての、女との関係がある。それは甘美さとは程遠い。


あまりに冷酷な男ゆえに、女の歌を聴いて涙を拭うシーンや、指輪を見せた時の一瞬のやさしげな表情など人間味ある姿が目をひく。これがこの男の本当の姿で、この仕事ゆえ、自らを追い込み人間らしさも擦り減らし、冷酷さをわざと身に纏い、ついには本当に冷酷な人間になったのではと思えてくる。


女もスパイである以上、男の動きを逐一報告し、任務を遂行していた。簡単には溺れなかった。素性そのものが偽り、男に向かって話す言葉も本心ばかりではない。ただ、男が涙したあの歌の詞、男を思うかのようなその詞と、最後にかわした“逃げて”という言葉だけは、立場を超え本心を語ったのだと思える。だから男も涙を見せたのだ、自ら纏った冷酷さを忘れて。


まるで、虚しさを語るような敷布だけが映るラストシーン。2人の関係が、幻になってしまったかのようだ。







08.7.16